カテゴリー別アーカイブ: お知らせ

台湾日本語文学会との姉妹学会締結のお知らせ

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2017年12月16日に台湾の輔仁大学で開催された、台湾日本語文学会国際シンポジウムの際に、昭和文学会と台湾日本語文学会の姉妹学会締結式が行われました。一柳廣孝・昭和文学会代表幹事と、賴振南・台湾日本語文学会理事長が、「学術交流協定書」「学術交流のための申し合わせ」にサインし、正式に両学会が姉妹学会になりました。

 

それに伴い、両学会のホームページを相互にリンクさせ、機関誌を交換します。また昭和文学会の会員は、台湾日本語文学会の会員でなくても、同学会の国際シンポジウムや例会での口頭発表を無料で申し込むことができます。さらに台湾日本語文学会の機関誌に投稿して、査読に通れば、論文が掲載されることになります。論文投稿の際には、査読料が1万円程度かかります。口頭発表の申し込みや、論文投稿の手続きは、昭和文学会側では行っていません。ご希望の方は、台湾日本語文学会の公式サイトで規定をご確認ください。

 

《台湾日本語文学会 公式サイト》
 http://taiwannichigo.greater.jp/

 
学術交流協定書][学術交流のための申し合わせ][附則

 
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研究発表者募集(2018年度5月研究集会)

 

昭和文学会では、以下の要領で2018年度5月研究集会における発表者を募りま
す。会員の皆様の意欲的なご応募をお待ちしています。

 
 

 日程:2018年5月13日(日)午前
 会場:東洋大学(東京都文京区)
 内容:自由発表

 
 

発表を希望する方は発表要旨を1000字~1200字程度にまとめて会務委員会宛に
お送りください。締切は2018年2月28日(水)必着とします。

 
 

なお、この募集は例年行われている12月研究集会における発表者の募集とは別
に行うものです。こちらに応募される方は必ず「2018年5月研究集会発表希望」
と明記して下さい。

 
 

<応募書類宛先>
〒101-0064
千代田区猿楽町2-2-3 NSビル302 笠間書院内
昭和文学会 会務委員会

お詫び

この度、学会員のみなさまにお送りした「昭和文学会第59回研究集会」​の​案内状に関して、第一会場の発表者の方々の発表要旨が印刷されておりませんでした。発表者の方々に​深く​お詫び申し上げるとともに謹んで訂正させていただきます。訂正した要旨等は現在HPに掲載されているものになりますので、ご確認のほど宜しくお願いいたします。
 
現在、案内状の再発送準備を進めております。学会員のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、発送までしばしお待ちくださいますようお願い申し上げます。
 

2016年11月17日

2016(平成28)年度 秋季大会

2016(平成28)年度 昭和文学会 秋季大会
 
特集 詩学的批評の時代――1950~1970年代の言語論/国家論を再考する
 
日時 11月12日(土)午後1時より
 
会場 鶴見大学 1号館 5階 501教室
   (〒230-8501 横浜市鶴見区鶴見2-1-3)
 
 
開会の辞

高田 信敬(鶴見大学文学部教授)

 
【研究発表】
詩的言語と国家の原理――雑誌『無名鬼』『磁場』とその周辺
梶尾 文武

 

初期吉本隆明の文芸批評と共同体の理論

森岡 卓司

 

【講演】
吉本隆明の詩と〈罪〉の問題

瀬尾 育生

 
           
【シンポジウム】
ディスカッサント 安 智史

 
閉会の辞
代表幹事 一柳 廣孝

司会 立尾 真士・中村 ともえ

 

※終了後、記念館学生食堂にて懇親会を予定しております。予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。
 
 
【企画趣旨】
   本企画のねらいは、1950年代から70年代にかけてとりわけ詩の批評のなかで行われた、言語や日本語をめぐる考察に焦点を当てることである。
   日本の文芸批評史において1980年代が一つの転換点をなすことは、論を俟たないだろう。記号論的な言語観が理論的な広がりを見せ、柄谷行人・蓮實重彦・三浦雅士といった批評家たちが登場して、ポスト構造主義的な言語論を展開した。とりわけ柄谷行人は『日本近代文学の起源』(1980)において、言文一致と近代日本語の成立を基点とした新たな国家論の枠組みを提示し、その後の国民国家論の隆盛を引き寄せることになる。しかし、これらをひと通り経た現在において、新たに言語の問題から文学の問い直しをはかるとき、鍵になるのはむしろ、「韻律」「定型」といった詩の要素に着目しつつなされた、50年代から70年代にかけての言語や日本語をめぐるさまざまな考察ではないだろうか。
   例えば吉本隆明は、1960年に連載を開始する『言語にとって美とはなにか』で時枝誠記・三浦つとむら国語学・言語学の議論を参照し、「自己表出」と「指示表出」という言語を構成する二概念を提示するとともに、日本語の初源に立ち戻ろうとした。その試みはやがて『初期歌謡論』(1977)へと結実することになる。さらにこの時代には、月村敏行・梶木剛らの批評、黒田喜夫・菅谷規矩雄・入沢康夫・北川透・大岡信らの詩論、岡井隆・金子兜太らの歌論・俳論など、方向性はさまざまだが主に詩に依拠しつつ言語や日本語を問題にするユニークな論考が数多く存在していた。詩的言語論と言うべきそれらの議論は、言語を通じて国家や共同体を問い直すものでもあり、その意味において70年代の日本文化論の流行とも接続するものであった。
   しかし、これらの批評的言説は、80年代以降の言語論・国民国家論を一面では用意するものであったにもかかわらず、80年代の批評によって過去のものとされ、近年の批評の文脈においてもほとんど言及されることがない。本企画では、1950年代から70年代にかけてなされたそれらの言語や日本語をめぐる考察を「詩学的批評」と名付け、国家論・文化論も視野に入れつつ、その現在的な意義を再考したい。
 
 
【講演者略歴】
瀬尾 育生(せお・いくお)
   1948年、愛知県生まれ。東京大学文学部独語独文学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科独語独文学科修士課程修了。首都大学東京都市教養学部教授などを経て、現在、首都大学東京都市教養学部名誉教授。詩人、ドイツ文学者。詩集に『ハイリリー・ハイロー』、『DEEP PURPLE』(第26回高見順賞)、『アンユナイテッド・ネイションズ』など、著書に『文字所有者たち 詩、あるいは言葉の外出』、『われわれ自身である寓意 詩は死んだ、詩作せよ』、『戦争詩論 1910-1945』(第15回やまなし文学賞)、『詩的間伐 対話2002‐2009』(稲川方人との共著、第1回鮎川信夫賞)、『純粋言語論』、『吉本隆明の言葉と「望みなきとき」のわたしたち』など多数。
 
 
【発表要旨】
詩的言語と国家の原理――雑誌『無名鬼』『磁場』とその周辺

梶尾 文武(かじお・ふみたけ、神戸大学)

   吉本隆明「詩とはなにか」(1961年)は、のちの大著『言語にとって美とはなにか』や『共同幻想論』のエスキースとなった評論と目される。そこで吉本は、折口信夫「国文学の発生」が提示した詩の信仰起源説をいわば脱魔術化し、詩の発生を、「人間の社会における存在の仕方の本質」と相関的な「意識の自己表出」に求める理路を用意した。
   国家が自己を社会的に疎外する装置であるとすれば、吉本は、それと逆立することなしにはありえない位相に詩を見出している。後続の批評家たちの多くは、同時代における「革命」という実践的課題と不可分な原理として、吉本のポエティクスを継承した。本発表では、吉本の雑誌『試行』から分岐した『無名鬼』『磁場』の村上一郎・桶谷秀昭、『あんかるわ』の北川透や、これらに参加した月村敏行・菅谷規矩雄・芹沢俊介らの動向に注目し、吉本を中心に一個のシューレを形成した彼らの詩学的批評が詩と国家の関係をいかに原理化したかを概観したい。
 
 
初期吉本隆明の文芸批評と共同体の理論
森岡 卓司(もりおか・たかし、山形大学)

   磯田光一『吉本隆明論』(1971)は、三島由紀夫という「陰画」を用いることで、1960年代に結実した吉本隆明のアイロニカルな共同体論に対して、整理の行き届いた見取り図を提供した。そこで磯田が吉本との共有を主張する「「普遍ロマンチシズム」の破却」というテーマは、より広くこの時代の批評的な主題としてとらえることがむしろ適切であろう。そして、そうした身振りにもかかわらず文学の領域を共同体(論)の外部に確保しようとする磯田とはことなり、少なくとも60年代までの吉本は、そうした「相対性」を拒絶する文学に深い関心を向けていた。
   本発表においては、こうした60年代吉本文芸批評の特質を、近接する位置にいたと思われる桶谷秀昭ら同時代の文芸批評との比較も念頭におきつつ再検討する。その手がかりとして、宮澤賢治、高村光太郎を論じる中で形作られた吉本の文学観が、北村透谷を中心にした明治浪漫主義への論及においてどのように展開されたのかに注目してみたい。
 
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秋季大会の出版社出店について
当日、出店を希望される出版社の方、および、雑誌等の研究成果の販売・配布などをしたい方は、事前にお葉書で下記にお申込みください。
〒101-0064 千代田区猿楽町2-2-3笠間書院内 昭和文学会会務委員長・和田博文宛