2026(令和8)年度 昭和文学会 春季大会の詳細
※「ZOOMウェビナー」によるリモート参加には事前登録が必要です。
オンラインでの事前登録は6月5日(金)ごろ受付を開始します。
※本大会の開催にあたり、障害者差別解消法への対応として、情報保障等の合理的配慮の提供を行います。
詳細についてはこちらからご確認ください。
日時 2026年6月13日(土) 12:30〜16:40
会場 亜細亜大学 武蔵野キャンパス 5号館 2階 522教室
アクセスについてはこちらをご参照ください。
特集 〈女性詩〉で問う、〈女性詩〉を問う
― 60年代~70年代―
※企画趣旨についてはこちらからご確認ください。
【開会の辞】
永綱憲悟(亜細亜大学学長)
【基調報告①】
〈女性詩〉前夜の詩壇ジャーナリズムと詩人たち
加藤邦彦(駒澤大学)
司会 田村美由紀
【基調報告②】
わたしたちは詩を書きたい――一九七〇年代の女性と詩をめぐって
井原あや(大妻女子大学)
司会 山﨑修平
【研究発表】
一九七〇年代の翻訳と〈女性詩〉――伊藤比呂美を手がかりに
福尾晴香(日本大学)
司会 栗原悠
【講演】
憧れの詩人たち~永瀬清子、茨木のり子、牟礼慶子、森原智子などの詩を中心に
井坂洋子(詩人)
司会 佐藤元紀・浜下知里
【シンポジウム】
司会 佐藤元紀・浜下知里
【閉会の辞】
代表幹事 金子明雄
【総会】
17:00~
※閉会後、学内において懇親会を設ける予定です。
【講演者紹介】
井坂 洋子(イサカ・ヨウコ)
詩人。主な詩集に、『朝礼』(紫陽社、1979年)、『GIGI』(思潮社、1982年、H氏賞受賞)、『地上がまんべんなく明るんで』(思潮社、1994年、高見順賞受賞)、『箱入豹』(思潮社、2003年、藤村記念歴程賞受賞)、『嵐の前』(思潮社、2010年、鮎川信夫賞受賞)、『七月のひと房』(栗売社分室、2017年、現代詩花椿賞受賞)、『文鳥』(思潮社、2026年)など。著書に『黒猫のひたい』(幻戯書房、2014年)、『詩はあなたの隣にいる』(筑摩書房、2015年)、『犀星の女ひと』(五柳書院、2021年)、『記憶の小舟』(ハモニカブックス、2026年)など。
【講演要旨】
憧れの詩人たち~永瀬清子、茨木のり子、牟礼慶子、森原智子などの詩を中心に
私は戦後のベビーブームの生まれだが、学生時代の一九六〇年代後半は、今より現代詩が読まれていた時代であり、周りにも詩集や詩誌「現代詩手帖」などを読んでいた学生が多かった。
詩を書くことは弛緩した生のリハビリではないにしろ、生の基軸をどこに据えるかを言葉によって得ることである。詩的体験は、日常のリアルな体験を超えるような広がりをもつ。今回、私を詩作のとば口にまで導いてくれた四人の詩人の詩を取りあげた。これらの詩人は警句的な詩も抒情詩も書いているが、たとえば茨木のり子『倚りかからず』が未だ根強い人気をもつように、六〇年代七〇年代に活躍していた詩人たちの、生き方の指針となる詩の言葉が、事大主義的な今の時代にどのように読まれているか考えてみたいと思う。
【基調報告・研究発表要旨】
〈女性詩〉前夜の詩壇ジャーナリズムと詩人たち
加藤 邦彦(カトウ・クニヒコ)
1980年代の〈女性詩〉ブームにつながる60-70年代の女性詩人について、詩誌「現代詩手帖」を中心に検討する。「現代詩手帖」に注目するのは、〈女性詩〉ブームが同誌およびその版元である思潮社と切り離せないからだ。〈女性詩〉ブームと関わりの深い女性詩人は、具体的には富岡多恵子、白石かずこ、吉原幸子であるが、本報告ではそのなかでも特に富岡の活躍にスポットを当てる。
富岡は、1970年ごろ詩を離れて小説へと移行するが、その後も頻繁に「現代詩手帖」に登場した。また、思潮社からは現代詩文庫版および全詩集版『富岡多恵子詩集』が刊行され、広く読まれた。その富岡を支えたのが、66-69年、74-75年に「現代詩手帖」編集長を務めた八木忠栄である。富岡と八木の存在なくしては1980年代の〈女性詩〉ブームがなかったであろうことを確認したい。
わたしたちは詩を書きたい――一九七〇年代の女性と詩をめぐって
井原 あや(イハラ・アヤ)
1960年代から70年代の詩を書く女性たちをめぐる動きについて、詩人のみならず、読者による投稿にも注目しながら検討したい。たとえば、1964年には工藤直子、山口洋子、吉原幸子、吉行理恵ら女性詩人(ゔぇが同人)による詩誌『ゔぇが』が創刊された。一方で、1973年にはやなせたかしが『詩とメルヘン』を創刊し、幅広い読者に支持されたが、なかでも若い女性から多くの支持を得て、毎月多くの詩が投稿された。こうした状況をふまえ、本報告では〈現代詩〉とは異なる位置にある詩が生まれ始めるなかで、女性詩人や読者たちが何を表現し、どのように評価されたのか、彼女たちに向けられたイメージや女性の主体形成との関係などを検討し、当時の〈女性詩〉の状況から何が見えるのか考えたい。
一九七〇年代の翻訳と〈女性詩〉――伊藤比呂美を手がかりに
福尾 晴香(フクオ・ハルカ)
1970年代に女性詩人が携わった翻訳書に着目し、〈女性詩〉の具体的な創作実践について考察する。80年代以降に〈女性詩〉の代表的詩人として注目を集めた伊藤比呂美は、その出発期である70年代半ばから渥美育子訳のシブ・シダリン・フォックス『お母さんは……』(1977)の下訳に携わっていた。渥美は、1940年生まれの詩人で、実業家でもある。こうした翻訳作業が行われた一方、1931年にカナダのバンクーバーに生まれ、6歳で来日した白石かずこもまた、エリノア・L・ホロウィッツの児童文学『空がレースにみえるとき』(1976)をはじめ、サンドラ・ホックマンの小説『恋を駆ける女』(1979)など多くの翻訳を手掛けた。これらの翻訳や、彼女たちの詩作の検討を通じて、1970年代〈女性詩〉の特徴を明らかにしたい。
