カテゴリー別アーカイブ: 研究集会・大会

2018(平成30)年度 昭和文学会 春季大会

昭和文学会・台湾日本語文学会 姉妹学会締結記念 国際シンポジウム

東アジアの日本文学研究の可能性と課題

日時 6月16日(土)12時10分より
会場 東京女子大学 23号館・9号館
(〒167-8585 東京都杉並区善福寺2-6-1)

 

大会概要、アクセスなどはこちらをご参照ください。
講演・発表要旨はこちらをご参照ください。

 
 

開会の辞

原田 範行(東京女子大学現代教養学部長)

 

【基調講演】 12:20~13:10 23号館23101教室
台湾日本語文学会と、台湾の日本文学研究

賴 振南(台湾日本語文学会理事長・輔仁大学教授)

 

【研究発表】 13:20~16:10
〈第一会場〉イメージの台湾・南方 9号館9101教室
昭和初年の『少女の友』にみる台湾イメージ――「台湾新八景」との関連を中心に

宮内 淳子
(東洋大学・日本女子大学・早稲田大学非常勤講師)

 

戦後日本の「大衆文芸」における「台湾」──50年代から70年代にかけての日影丈吉の作品を中心に

李 文茹(淡江大学副教授)

南方の女の記号――八木義徳「女」をめぐって

阮 文雅(東呉大学副教授)

植民地末期、朝鮮半島における日本語文学の再編と南方表象

鄭 炳浩(高麗大学教授)

 

〈第二会場〉移動とネットワーク 9号館9104教室
田村俊子『女声』の背景──1920年代と1940年代の日中女性関係の温度差を軸にして

山﨑 眞紀子(日本大学教授)

汪兆銘政権勢力下の日本語文学──上海・南京・武漢を中心に

木田 隆文(奈良大学教授)

ディアスポラを生きる──武田泰淳『風媒花』の意味

李 征(復旦大学教授)

「満洲」とかかわる台湾人――謝介石と鍾理和から見る

林 雪星(東呉大学教授)

 

〈第三会場〉戦後文学を捉え直す 9号館9201教室
〈物質〉
マテリアル

としての日本語――台湾の日本語作家・黄霊芝の言語観

下岡 友加(広島大学准教授)

「もう一つの戦後文学」としての「ハードボイルド・ミステリ」
──船戸与一が描く「植民帝国日本」の「記憶」

坂元 さおり(輔仁大学副教授)

現代韓国文学の〈周縁〉から考える〈自己語り〉

梅澤 亜由美(大正大学准教授)

左へ?右へ?――大江健三郎「純粋天皇」作品群試論

呉 佩珍(政治大学副教授)

 

【ディスカッション】 16:20~17:20 23号館23101教室
東アジアの日本文学研究の可能性と課題

(パネリスト)
呉 佩珍
李  征
鄭 炳浩

閉会の辞

一柳 廣孝(代表幹事)

 

※終了後、オールドクロウ(武蔵野市吉祥寺本町1-8-23地下1階)にて懇親会を予定しております。予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。

2018(平成30)年度 昭和文学会 第62回研究集会

2018(平成30)年度 昭和文学会 第62回研究集会
 
日時 5月13日(日)午後12時30分より
 
会場 東洋大学 白山キャンパス6号館6211教室
(〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20)
 

大会概要、アクセスなどはこちらを参照ください。

 
 
開会の辞

東洋大学文学部長 矢口悦子

 
【第一部】自由発表(12時30分より)
 
転換点としての『抱擁』──ベトナム戦争後の日野啓三──
安藤 優一

 
島田雅彦『彼岸先生』再考──「漱石」を語るという権威──
山崎 和

 
(司会) 塚本 飛鳥 吉田 和佳子

 
【第二部】特集 〈山〉の想像力──近代日本のアルピニズムと文学──(14時50分より)
 
山岳紀行の停滞/山岳小説の発生──一九三〇年代の山岳文学──

中村 誠

 
保田與重郎における風景観とアルピニズム批判──歌枕としての山と伝統──
河田 和子

 
〈遭難〉というトリック──高度経済成長期の山岳ミステリー──
尹 芷汐

 
(司会) 渋谷 百合絵 矢口 貢大

 

※ 終了後、東洋大学白山キャンパス6号館地下階フードコートにて懇親会を予定しております。予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。
 

2017(平成29)年度 昭和文学会 第61回研究集会

2017(平成29)年度 昭和文学会 第61回研究集会


日時 12月9日(土)午後1時30分より

会場 専修大学 神田キャンパス 2号館208・209教室
(〒101-8425 東京都千代田区神田神保町3-8)

大会概要、アクセスなどはこちらをご参照ください。

【研究発表】
第一会場(2号館208教室)

詩人としての小川未明 ―― 詩集『あの山越えて』の考察 ――

増井 真琴

徳永直「文学サークル」論—― 1930年代の農村における文化活動の群像 ——

萬田 慶太

伊藤比呂美の詩における「引用」と「声」 ―― 詩「叫苦と魂消る」から考える ――

福尾 晴香

『完全版 1★9★3★7イ ク ミ ナ』 ―― 記憶の継承・分有にむけて ――

仲井眞 建一

ゴーリキー・「超人思想」・小林多喜二

  ―― 「女囚徒」「最後のもの」の生成過程と多喜二の思想形成をめぐって ――

ブルナ・ルカーシュ

 

司会 構 大樹・芳賀 祥子

 

第二会場(2号館209教室)

「伊豆の踊子」の受容史 ―― 教科書採録の視点から ――

西尾 泰貴

安岡章太郎『海辺の光景』論 ―― 〈ケア〉の視点から

安藤 陽平

三島由紀夫「祈りの日記」論―― 「日記」という形式をめぐって ――

福田 涼

高橋たか子「ロンリー・ウーマン」論 ―― 連鎖する「欲望」 ――

宮田 絵里

 

司会 大井田 義彰・櫻庭 太一

※ 終了後、1号館地下1階にて懇親会を予定しております。予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。


【発表要旨 第一会場】
詩人としての小川未明 ――詩集『あの山越えて』の考察――

増井 真琴(ますい・まこと、北海道大学大学院)


小川未明は、一般的に童話作家として知られているが、実際は小説家であり、随筆家であり、詩を紡ぐ詩人でもあった。詩集『あの山越えて』(尚栄堂、大正3年1月)は、そんな多才な文人が生涯に著した、唯一の詩集である。
しかし、詩人としての未明の活動は、従来、必ずしも注目されてきたとは言えない。「赤い蝋燭と人魚」「野薔薇」「金の輪」等、未明の主要な業績が大正期の童話に集中している事情もあって、これまでの未明研究は、大正童話のみを焦点化する傾向が著しかったからである。
そこで本発表では、小川未明研究史上の影のひとつである、詩人・未明の行状に光を当てるべく、詩集『あの山越えて』の考察を試みたい。明治末・大正初期の口語詩に着目することで、昭和期以降、強固に構築された、未明=童話作家という単一的な図式を相対化する視座を得る――それが発表者の企図するところだ。


徳永直「文学サークル」論 ――1930年代の農村における文化活動の群像―――

萬田 慶太(まんだ・けいた、広島大学大学院)


徳永直「文学サークル」(『中央公論』一九三三年一月)は、これまで多くが謎につつまれていた一九三〇年代の文化サークル活動の様相を描いた小説である。作中の長野の農村の人々は、日本共産党の強い影響下にあった全農全会派の文学サークル「山びこ」に参加していく。
徳永直「山宣サンの記念碑の畔で」(『文学新聞』一九三一年十一月一日)では、長野を訪れ、全農系の支部員と連絡をとっている様子がわかる。作家同盟の講演会でも長野県下を訪れ、徳永直「文学宣伝隊の必要」(『プロレタリア文学』一九三二年五月)では、飯田町や龍江村、伊那村、中鹽田村、小諸などの作家同盟長野支部下のサークルの存在を報告している。
「文学サークル」は、「サークル活動については読者は批判的に読んで欲しい」と付記された。「文学サークル」の読解を通じて、人物群像によって描かれた一九三〇年代のプロレタリア文化活動の問題と可能性に迫りたい。


伊藤比呂美の詩における「引用」と「声」――詩「叫苦と魂消る」から考える ――

福尾 晴香(ふくお・はるか、日本大学大学院)


伊藤比呂美が一九八四年に発表した詩「叫苦(ああ)と魂消(たまぎ)る」(『テリトリー論2』所収)は、滝沢馬琴の読本から現代の出産・育児に関わる実用書の類まで、時代とジャンルを超えたテクストを引用し組み合わせることによって構成されている。この詩は、馬琴の中でも妊婦の腹裂きが描かれた部分に着目し、そこに現代の医学的解説の言葉や生々しい切腹の作法を説いた言葉を引用によって重ねていく。引用は伊藤の一貫した手法のひとつだが、その最初の転換点が詩「叫苦と魂消る」であった。この詩を分析し、二次創作やパロディーが文化的な生産力として強調される現在、伊藤比呂美における引用と声のかかわり、その方法原理と特色はどのようなものか、抽出し光をあててみたい。さらに時間的に可能であれば、より一層、引用とコラージュを深化させた『テリトリー論1』以降にどのような方法の変更が起きたのかを考えてみたい。


『完全版 1★9★3★7イ ク ミ ナ
』――記憶の継承・分有にむけて――

仲井眞 建一(なかいま・けんいち、立教大学大学院)


辺見庸の『完全版 1★9★3★7』(二〇一六年一一月、初版は金曜日、二〇一五年一〇月、以下『1★9★3★7』)は批評、小説、随筆ともつかない特異なテクストである。「かつてなされた戦争のこと、とくにその細部についてぶつぶつとかたろう」とする辺見は、「父」を手がかりに過去の戦争を引き寄せようと試みる。「記憶の継承はいかにして可能か」という問題系を中心に、『1★9★3★7』は、その語りにおいて、「父」の他者化を行う。同時にその「父」を頼りに、ありえた(ありえる)可能性としての地平に、自らを他者として、パフォーマティブにつくり出していく。本発表は、「他者化」と「継承」という矛盾を基点に、記憶の継承がそもそもなんらかの想像的アイデンティティ、「父―子」を前提とした関係を超え、他者化によってしか可能でないとし、そのときはじめて「父―子」に連ならない他者と分有が可能になるということを明らかにしていく。

ゴーリキー・「超人思想」・小林多喜二

  ――「女囚徒」「最後のもの」の生成過程と多喜二の思想形成をめぐって――

ブルナ・ルカーシュ(ぶるな・るかーしゅ、実践女子大学助教)


プロレタリア文学の作家たちの多くは、ロシア作家M・ゴーリキーを「プロレタリア文学の父」と仰ぎ、その小説を愛読したことがよく知られている。ゴーリキーはそれ以前にも日本で読まれていたが、明治・大正の文壇では主にゴーリキーの初期の〈浮浪者もの〉が注目されていたのに対して、1920~1930年代には「『母』その他の作品」が注目を浴び、「直接階級闘争と結びつけられて議論され」るようになった。
小林多喜二はゴーリキーに強い関心を持っていた作家の一人である。本発表では、多喜二の初期の戯曲「女囚徒」と短編小説「最後のもの」の分析を行い、多喜二がゴーリキーの作品に見出した「超人思想」が両作品においてどのように展開されているのかについて検討・考察を行う。それによって、最初期の多喜二にとって、団結を踏まえた階級闘争を描いた『母』ではなく、寧ろ個人闘争を描いたゴーリキーの〈浮浪者もの〉が重要な飛躍台となったことが明らかとなる。


【発表要旨 第二会場】
「伊豆の踊子」の受容史 ――教科書採録の視点から――

西尾 泰貴(にしお・たいき、早稲田大学大学院)


川端康成「伊豆の踊子」は膨大な数の先行研究があるが、その多くは作家論や作品論を中心としたものであり、教科書における受容を論じたものは比較的少ない。
「伊豆の踊子」は一九五六年、好学社の教科書『高等学校国語一 上(新版)』に採録されて以来、一九六〇年代後半から一九七〇年代後半にかけて、映画化や川端康成のノーベル文学賞受賞に後押しされるかたちで、より多くの教科書に採録されるようになっていった。しかし、「伊豆の踊子」の全文を採録した教科書はきわめて少ない。それを踏まえると教科書における「伊豆の踊子」は、全集や文庫本とは異なった形式で受容されていったと言えるだろう。
本発表では、教科書における「伊豆の踊子」の教科書における受容を考察する。その際、採録した高等学校の国語教科書の全てを対象とした調査をデータとして扱い、採録箇所、改変箇所、設問内容、採録数といった多角的な視点から検証していく


安岡章太郎『海辺の光景』論 ――〈ケア〉の視点から――

安藤 陽平(あんどう・ようへい、立命館大学大学院)


安岡章太郎『海辺の光景』(一九五九・一二、講談社)は、母・浜口チカの最期の九日間を、息子・浜口信太郎の視点から描いた作品である。本作は、父不在の家庭状況における母と息子の蜜月の関係性に関心が集まり、長らくエディプス・コンプレックス的な解釈枠組から読解されてきた。母と息子の関係性は初期の安岡が書き継いだ主題でもあり、触れざるを得ない点ではある。他方、本作は「老耄性痴呆症」の母を見舞う息子の物語という側面も有している。本発表では主として後者の側面に着眼しながら、作品を〈ケア〉の視点から読解していきたい。
例えば小澤勲が提唱する「物語としての痴呆ケア」のような〈ケア〉理論を基にすると、チカの「老耄性痴呆症」をいかなるものとして解釈できるのか。〈ケア〉という視点からは、信太郎の言動をどのように捉え得るのか。それらの問いに対する分析を踏まえた上で、信太郎は病床の母とその死をいかに受け止めたのか、結末部の描写も視野に入れながら考察したい。


三島由紀夫「祈りの日記」論 ――「日記」という型式をめぐって――

福田 涼(ふくだ・りょう、大阪大学大学院)


三島由紀夫「祈りの日記にき」(『赤絵』第二号、昭和十八年六月)は、「わたくし」=康子という女性の回想的なモノローグによって構成される短篇小説である。本発表はこの「日記」という型式に着目し分析を施すことで、一篇が孕む問題性と独自性を明らかにする。
作中「わたくし」は更級日記に言及するが、物語への憧憬と耽読という点において孝標女と彼女の姿勢は重なっている。本篇の〈たおやめぶり〉の文体を支えているのは、こうした王朝文学に連なる「系譜」という発想にほかならない。
ただし、しばしば筒井筒の説話にも擬えられてきた本作が「日記」すなわち一人称回想体の結構を採用することによって、勢語とは重ならない独自の虚構を立ち上げていることは見過ごされてきた。
当該時期の国文学研究や堀辰雄ら先行の文学者、そして東文彦との文学的交流からの影響を視野に入れつつ、戦時下に紡がれた物語の方法と王朝文学への憧憬の帰趨を見定めたい。

高橋たか子「ロンリー・ウーマン」論 ――連鎖する「欲望」――

宮田 絵里(みやた・えり、立命館大学大学院)


本発表では高橋たか子の短編小説「ロンリー・ウーマン」(「すばる」、一九七四年六月)をとりあげる。「ロンリー・ウーマン」は近所の小学校の放火事件をきっかけとして、想像上の「放火犯」と同一化していく主人公・咲子を描いた作品である。この咲子の不可解な行動・心情は一種の「狂気」としてとらえられ、先行研究では咲子は孤独な狂女であり、その根底にあるのは女性の「自我」への抑圧であると主に解釈されてきた。
しかし、ここで考えてみたいのは、咲子はなぜ「放火犯」に執拗にこだわり、同一化しようとするのかということである。咲子にとって「放火犯」に同一化することは、それそのものが一種の快楽であるかのように作中で描かれている。本発表では咲子の「狂気」を「欲望」としてとらえ直し、この作品が短編連作のうちの一つであることをふまえつつ、その「欲望」がいかにして成立し得るものなのかを明らかにしていきたい。
 
 
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第61回研究集会の出版社出店について
当日、出店を希望される出版社の方、および、雑誌等の研究成果の販売・配布などをしたい方は、事前にお葉書で下記にお申込みください。
〒101-0064 千代田区猿楽町2-2-3笠間書院内 昭和文学会会務委員長・和田博文宛

2017(平成29)年度 昭和文学会 秋季大会

2017(平成29)年度 昭和文学会 秋季大会

特集 モダニズム詩人の戦後と昭森社 

日時 11月18日(土)午後1時より

会場 関西学院大学 西宮上ケ原キャンパス 文学部本館1号教室
(〒662-8501 兵庫県西宮市上ヶ原一番町1−155)

大会概要、アクセスなどはこちらを参照ください。

開会の辞

大橋 毅彦(関西学院大学文学部教授)

【研究発表】
書物という視角から考える――モダニズム詩の戦前と戦後

村山 龍

〈現代詩〉についての覚書
メモランダム
――モダニズム詩の再評価と『本の手帖』

小泉 京美


【講演】
リトルプレスとモダニズム詩人

内堀 弘

【シンポジウム】

ディスカッサント 鈴木 貴宇

閉会の辞

一柳 廣孝(代表幹事)

 

司会 大川内 夏樹・宮崎 真素美

 

※終了後、関西学院会館レセプションホールにて懇親会を予定しております。予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。

 
【企画趣旨】
日本のモダニズム詩人たちは、1920年代から30年代にかけて華々しい活躍を見せた。それらの詩人たちは、戦後においてもなお旺盛な活動を継続し、さまざまな文化的側面に影響を及ぼし続けたが、そうした「モダニズム詩人の戦後」に着目し、論究される機会は、これまで決して多いとは言えなかった。そこで本企画においては、戦後、モダニズム詩人たちの活動の舞台となった「場」に着目し、「モダニズム詩人の戦後」について検討したい。
彼らは、戦後、出版メディアをめぐる新たな状況が生まれてくる中で、どこに活動の「場」を求めたのか。また、その再評価は、いかなる「場」においてなされたのか。このような視点から「モダニズム詩人の戦後」を考えようとする場合、「昭森社」という出版社の存在が浮かび上がってくる。1935年に森谷均がはじめた昭森社は、創業当時からモダニズム詩との結びつきが強く、戦後においても、モダニズム詩と関わりの深い、あるいは、深かった詩人たちの詩集を多く刊行し続けた。そして、1961年に同社から創刊された雑誌『本の手帖』では、「日本におけるシュルレアリスム」をはじめとするモダニズム特集が多数組まれており、戦後におけるモダニズム再評価の一翼を担うことになった。
また、このモダニズム詩と昭森社との結びつきという問題は、モダニズム詩と「リトルプレス」と呼ばれる個人編集を専らとする少部数出版物との関わりという、より大きな問題へとつながっていく。昭森社を含め、1920年代以降、印刷技術の一般化に伴い、こうしたリトルプレスを手掛ける出版社が数多く現れ、モダニズム詩人たちは、これらの出版社と協力関係を築くことで、部数は少ないながらも、魅力的な詩集や詩誌を世に送り出した。本企画では、「ひとり出版社」と呼ばれる現代の小規模出版社の活動へと続いていくリトルプレスの精神史を見据えながら、モダニズム詩とリトルプレスの関係についても考えてみたい。
以上のように、本企画は、昭森社という「場」を一つの視座とすることによって、戦後、モダニズム詩がどのように継承/断絶されたのかを検討し、戦後におけるモダニズム詩の位置づけに関して問い直しを図るものである。

 

【講演者略歴】
内堀 弘(うちぼり・ひろし)
1954年生まれ。古書店「石神井書林」店主。1920~30年代のモダニズム関連文献を扱う。著書に、『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』(白地社、1992年/ちくま文庫、2008年)、『石神井書林日録』(晶文社、2001年)、『古本の時間』(晶文社、2013年)。共著に『日本のシュールレアリスム』(世界思想社、1995年)ほか。

 
【発表要旨】
書物という視角から考える――モダニズム詩の戦前と戦後

村山 龍(むらやま・りゅう、慶應義塾大学非常勤講師)

1920年代後半から春山行夫や西脇順三郎、北園克衛らによって切り拓かれたモダニズム詩の地平は「大東亜戦争」を経由して、戦後の鮎川信夫らの荒地派へと批判的に継承された。北川透が指摘するように荒地派は「文明批評的性格」を打ち出すことによって戦前のモダニズム詩との方法論的切断を図ったとされているが、〈近代〉なるものへの問いという根本的な視角においては戦前も戦後も通じるものだと考えられる。両者は全く異なる問題系に分かたれたのではなく、同じ問いに対して異なる解法を用いようとしたのではなかったか。そこで本発表では戦前から戦後にかけてのモダニズム詩の展開と接続を、書物というモノを媒介にして検証する。日本のモダニズム詩がフォルマリズムの影響下にあったことを考慮すれば、書物というフォルム(形式)もまた彼らにとって無視できないモノであったはずだ。モダニズム詩人が戦前・戦後ともに昭森社などのリトルプレスを主な活躍の場としたことの検討を通じて、モダニズム詩の相貌をあらためて照らし出したい。
 

〈現代詩〉についての覚書(メモランダム)――モダニズム詩の再評価と『本の手帖』

小泉 京美(こいずみ・きょうみ、武庫川女子大学)

1950年代半ば以降、『現代詩』『ユリイカ』『現代詩手帖』と、詩の総合雑誌の創刊が相次ぐ。続いて創刊された昭森社の書物雑誌『本の手帖』(1961~69年)は、北園克衛が構成を手がけ、モダニズム特集を数多く組んだことで知られる。これら詩壇ジャーナリズムの形成は、戦後詩の歴史化と新たな詩的世代の登場を支え、戦前のモダニズム詩再評価の機運にも寄与した。
戦後十余年を経た詩の歩みは、世代間のヘゲモニー争いを越えて、詩的言語の本質を原理的に問い直す時期に達していた。だが、それはモダニズムから反モダニズム、そしてモダニズムの再評価へという単線的な過程ではなかった。〈現代詩〉の構想は先行する第一次戦後派(=反モダニズム)への対抗として、自らの根源に戦前のモダニズムを新たに発見するという屈折した歴史意識の上になされ、その歴史観は今日に引き継がれている。本発表では『本の手帖』を中心にモダニズム詩が投げかけた問題を考えたい。
 
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秋季大会の出版社出店について
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