【お知らせ】第50回 昭和文学会 研究集会
会場 大正大学 10号館2階1021教室
〒 170―8470 東京都豊島区西巣鴨3-20-1
日時 5月12日(土)午後2時より
特集 戦後文学と翻訳
【研究発表】
「壁――S・カルマ氏の犯罪」に見る安部公房のカフカ受容
――花田清輝訳『カフカ小品集』を視座として
丁 熹貞
福永武彦とボードレール翻訳
西岡 亜紀
福田恆存の〈翻訳―批評―実作〉
――『カクテル・パーティー』と『龍を撫でた男』をめぐって
浜崎 洋介
司会 時野谷ゆり・戸塚学
※ 研究集会終了後、懇親会を予定しております。今回は、会場校の大正大学にご協力いただき、気軽に参加しやすいかたちで開催致します。ふるってご参加ください。なお、懇親会のご予約は不要、当日受付にてお申し込み下さい。
【発表要旨】
「壁――S・カルマ氏の犯罪」に見る安部公房のカフカ受容
――花田清輝訳『カフカ小品集』を視座として
丁 熹貞
人間が人間以外の存在にかたちを変えるというモチーフと関連して、安部公房の初期作品にカフカからの影響を見出そうとする試みは今まで断続的になされてきた。ところが、その多くはテーマの類似性を認めながらも結果的にはカフカと安部の差異の指摘に収斂し、一次資料の検討の不十分さもあって未だに恣意的な解釈に留まっていると考えられる。本発表では一九五〇年九月、「世紀の会」のガリ版刷りパンフレット「世紀群」の第一作として刊行された花田清輝訳『カフカ小品集』に注目し、安部公房のカフカ受容を、花田清輝の翻訳によって形成されたカフカ像を経由するものとして捉える。『カフカ小品集』には六編の作品が収録されているが、底本(英訳)からどのような作品が選ばれているか、訳文にはどのような特徴があるのかを、適宜ドイツ語の原文を参照しつつ考察した上で、安部公房の初期代表作「壁――S・カルマ氏の犯罪」(一九五一)におけるカフカの影響について考え直してみる。以上を通して、作家の創作が外国文学の原文だけでなく、その翻訳によっても変容を被る可能性について検討したい。
(東京大学大学院生)
福永武彦とボードレール翻訳
西岡 亜紀
福永武彦にとって「ボードレールを訳す」という行為は、その文学生活の伴走のようなものであった。大学在学中(四〇年前後)に渡辺一夫訳『人工楽園』の下訳を手伝って以降、戦中にも戦後の長期結核療養中にも断続的に翻訳は続けた。やがてそれは『パリの憂愁』の全訳(五七年)、人文書院版『ボードレール全集』の責任編集と第一巻の『悪の華』『パリの憂愁』全訳(六三‐六四年)に結実、西洋詩の自選集『象牙集』(六五年)の刊行へと続く。こうした持続的な翻訳行為ゆえに、福永の場合には、タイトルの共有からテーマへの深化まで、多様な次元でボードレール翻訳の影響が捉えられる。本発表では、福永の『冥府』(五四)、『忘却の河』(六四)、『幼年』(六七)等を取りあげ、『悪の華』『パリの憂愁』『人工楽園』等の翻訳との関係性の一端を紹介する。また、本年一月に行った学習院大学の弟子へのインタビューをもとに、福永のボードレール翻訳と教育との接点にも触れたい。
(東京経済大学)
福田恆存の〈翻訳―批評―実作〉
――『カクテル・パーティー』と『龍を撫でた男』をめぐって
浜崎 洋介
昭和二十四年以後、福田恆存は次第に文芸批評から手を引き演劇活動へと転回していったが、その「転機」を用意していたのは西欧文学に対する批評とその翻訳だった。これまでも、福田の初上演戯曲『キティ颱風』の背後にはチェーホフ『桜の園』の影響が、また、福田の演劇論『芸術とはなにか』の背後にはD・H・ロレンス『黙示録論』の影響が指摘されてきた。が、昭和二十六年に福田自身が翻訳し、その批評まで書いているT・S・エリオットからの影響を指摘する言葉はほとんどない。本発表は、以上の経緯を踏まえ、昭和二十六年前後に取り持たれていた福田とエリオットの関係を整理し、エリオットの戯曲『カクテル・パーティー』の翻訳と批評を介して実作『龍を撫でた男』へと向かっていった福田の足取りを確認していきたい。そのなかで、福田恆存における〈翻訳―批評―実作〉の有機的連環と、そこで掴まれていた主題の今日的可能性を描き出せればと考えている。
(東京工業大学・日本大学非常勤講師)