【報告】昭和文学会第46回研究集会 昭和の「国語」思想

  • 日時 2010年5月15日(土) 午後1時30分より
  • 会場 昭和女子大学 一号館号館(7L32教室) *昭和文学会会員以外の方でも、無料・申込不要にて参加できます。
  • 研究発表(司会 西元康雅 守屋貴嗣)国語/日本語という「ことばの呪縛」を越えて―金石範「虚無譚」を中心に― 楠井 清文〈汚名〉について―山田孝雄の思想における〈統覚〉の位置― 西野 厚志言葉にとって〈霊〉とは何か―保田與重郎の言語認識 五味渕 典嗣
  • 講演 言語による包摂と排除―文化的共同性の暴力 イ・ヨンスク
  • 懇親会
    ※ 研究集会終了後、学内にて懇親会を予定しておりますので、皆様ふるってご参加下さい。

報告要旨

国語/日本語という「ことばの呪縛」を越えて―金石範「虚無譚」を中心に―

楠井 清文

本発表では、「昭和の「国語」思想」を内在的に批判したものとして、戦後の在日朝鮮人文学、特に金石範「虚夢譚」(『世界』一九六九・八)と、同時期に発表された日本語という創作手段に関する一連の評論を対象としたい。金石範は済州島四・三事件を主題とした「鴉の死」(『文芸首都』一九五七・一二)で本格的活動を始めたが、「観徳亭」(『文化評論』一九六二・五)発表後、在日本朝鮮文学芸術家同盟に所属し、朝鮮語の創作を行っていた。「虚夢譚」は、「七年ぶりに日本語で書いた小説。ふたたび日本語で書くことについて苦しむ」(「詳細年譜」、『金石範作品集Ⅱ』平凡社 二〇〇五)という執筆背景を持つ。「言語と自由――日本語で書くということ」(『人間として』一九七〇・九)では、張赫宙・金史良の活動を参照し、「日本語による場合の日本的なもの、その感情や感覚への傾斜」が「朝鮮的なものの剥落」を促すという「日本語の呪縛」について述べながら、「朝鮮」という「イデー的存在」を内包することで、「日本語によって例えば朝鮮的なものを――その朝鮮的な感性を土台にして――書きうる」と結論づけている。従って金石範の日本語小説を、「呪縛」を克服しようとした試みの形象化と捉えることができる。従来「虚夢譚」については、「朝鮮のはらわた」を失うという夢のモチーフが、「日本への同化」が進む在日朝鮮人のアイデンティティという問題と関連づけて論じられてきた。しかし本発表では、夢が契機となって蘇ったRの敗戦体験、そこでの「断絶感」に注目して、日本人の「共有感」と異なった記憶の空間を表現している点を考察したい。 (立命館大学ポストドクトラルフェロー)

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〈汚名〉について―山田孝雄の思想における〈統覚〉の位置―

西野 厚志

かつてイ・ヨンスク氏は、近代以降の日本語学史を「国語学/言語学」の対比で描き、そこに「「日本」対「ヨーロッパ」、そしてそれに連なる「伝統」対「近代」という、日本の近代意識をさいなみつづけた巨大な問題」を重ねてみせた(『「国語」という思想』)。前者を体現する時枝誠記と山田孝雄、時枝については安田敏朗の詳細な批判がある一方、吉本隆明から柄谷行人、東浩紀にいたる批評家たちがそろって言及するという現象がある。では、山田孝雄はどうか。様々な領野で多くの業績を残しながらも、戦後公職を追放されたという汚辱に塗れた「国粋主義者」、その思想の全容解明と本格的な批判はいまだなされずにいるのが現状だ。本発表では、富山市立図書館山田孝雄文庫での調査をもとにキー概念である〈統覚〉に着目し、その思想の核を描出する。最終的には、近代以降進行した「言文一致」に関する批評的言説に接続したい。そこには、イ・ヨンスク氏が言うのとはまた違った、〈近代〉という問題の存在が確認できるだろう。 (早稲田大学大学院生) 

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 言葉にとって〈霊〉とは何か―保田與重郎の言語認識

五味渕 典嗣

言語にかんするすぐれて原理的な認識を含むエッセイである「日本の橋」(『文学界』一九三六・一〇)は、なぜ、比較文化論めいた体裁で記述されているのか。この一見単純な問いは、日本浪曼派の言説戦略という問題だけではなく、「昭和の「国語」思想」を考える際にも、一つの補助線となり得るのではあるまいか。初期保田與重郎の言語観に、国学者・富士谷御杖にかんする土田杏村の所論や、ごく早い段階でのソシュール言語学の援用が看取できることは既知のことがらに属するが、本報告では、「日本の橋」へと至る保田の言語認識を概観しつつ、一九三〇年代の文学言説としての同時代的な問題性を確認するところから始めたい。その上で、言語の表象性に対する懐疑をたびたび表明し、自らにとっての文学的課題とも見なしていたはずの保田が、なぜ・どんな筋道で、〈日本〉という記号を導入/要求することになったのか、という点についても、わたしなりの検討を加えてみたいと考えている。 (大妻女子大学)

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【講演者紹介】イ・ヨンスク

 韓国全羅南道順天市生まれ。延世大学校文科大学卒。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。現在、一橋大学大学院言語社会研究科教授。専攻は社会言語学。著書にサントリー学芸賞受賞の『「国語」という思想――近代日本の言語認識』(一九九六年、岩波書店)、『異邦の記憶――故郷・国家・自由』(二〇〇七年、晶文社)、『「ことば」という幻影――近代日本の言語イデオロギー』(二〇〇九年、明石書店)。