2026(令和8)年度 昭和文学会 第78回研究集会の詳細

※本研究集会は、対面・オンラインを併用したハイフレックス方式での開催を予定しております。

 
※本研究集会の開催にあたり、障害者差別解消法への対応として、情報保障等の合理的配慮の提供を行います。
 詳細についてはこちらからご確認ください。

 
※「ZOOMウェビナー」によるリモート参加には事前登録が必要です。
オンラインでの事前登録は5月9日(土)ごろ受付を開始します。

 
日時 2026年5月16日(土) 13:00~17:30
会場 横浜市立大学 金沢八景キャンパス YCUスクエア(8号館) Y204教室
(〒236-0027 神奈川県横浜市金沢区瀬戸22-2)

アクセスについてはこちらをご参照ください。

 

特集 見知らぬ〈宇宙人〉から身近な〈宇宙人〉へ 
   ― 冷戦期から現在までの〈他者〉の変容 ―

 

【開会の辞】

庄司 達也(横浜市立大学国際教養学部教授)

 
【基調報告】
終末への意志と反意志――宇宙人の役割について

千田 洋幸(東京学芸大学)
司会 柿原 和宏

【研究発表】
三島由紀夫と安部公房の宇宙⼈――空⾶ぶ円盤と冷戦期の〈他者〉 

鳥羽 耕史(早稲⽥⼤学)
司会 松村 良

【講演】
現代日本のフィクションにおける「宇宙人」表象をめぐる三題噺

稲葉 振一郎(明治学院大学)
司会 伊豆原 潤星

【シンポジウム】

司会 柿原 和宏・加藤 優

【閉会の辞】

代表幹事 金子 明雄

※閉会後、学内において懇親会を設ける予定です。

 

【企画趣旨】

 〈宇宙人〉を描いた作品を考えるとき、H・G・ウェルズ『宇宙戦争』(1898)といった文学作品や、『未知との遭遇』(1977)といった映像作品まで、さまざまなものが思い浮かぶだろう。これまでSFジャンルを中心に多くの作品で、地球を侵略しようとする〈宇宙人〉との戦いや、未知の〈宇宙人〉との出逢いなどがくり返し描かれてきた。
 冷戦期の作品では、〈宇宙人〉が対立/友好の二項対立を前提とした集団的な存在として描かれた。たとえば、星新一の作品集『宇宙のあいさつ』(1963)では、地球の外部から現れるさまざまな〈宇宙人〉が描かれる。その〈宇宙人〉には、地球を支配しようとするものと、地球に恩恵をもたらそうとするものがいる。
 こうした〈宇宙人〉像は冷戦期の特徴として論じられてきた。長谷川功一『アメリカSF映画の系譜―宇宙開拓の神話とエイリアン来襲の神話―』(2005)は、アメリカのSF映画における侵略的な〈宇宙人〉が共産主義のメタファーだったと指摘している。また、木原善彦『UFOとポストモダン』(2006)によれば、地球に干渉して冷戦を解決に導いてくれる友好的な〈宇宙人〉には、冷戦問題に直面している人類が目指す理想像としての役割があった。
 しかし、1990年代に冷戦構造が崩壊すると、対立/友好という二項対立的な〈宇宙人〉像が変化していく。その変化はまず漫画・アニメ・特撮TVドラマなどのサブカルチャーの中で描かれるが、次第に文学の世界にも影響を及ぼしていく。たとえば、川上弘美『猫を拾いに』(2013)収録の「誕生日の夜」では、主人公の誕生日会にさまざまな〈他者〉が参加するが、その中に〈宇宙人〉もいることが当たり前のように描かれる。西加奈子『まく子』(2016)では、〈宇宙人〉を名乗る転校生の少女と、少年が出会う。映像作品などにも目を向ければ、サントリーBOSS『宇宙人ジョーンズ』シリーズのCM(2006~)には地球人にまぎれて生活の調査をおこなう〈宇宙人〉が登場し、近年の映画『宇宙人のあいつ』(2023)は家族が〈宇宙人〉だったという設定になっている。
 冷戦が終結した1990年代から現在までのポスト冷戦期の作品では、〈宇宙人〉がもともと地球の内部に存在し、ともに暮らしているという特徴が多く見られる。地球人の身近に存在する多様な〈他者〉として描かれ、生活のなかで葛藤しながら共生が模索されるのである。この隣人としての〈宇宙人〉像には、ポスト冷戦期におけるグローバル化、情報化、ダイバーシティなどの他者理解の枠組みの変化が影響していると考えられる。
 このように、冷戦期から現在までの〈他者〉としての〈宇宙人〉のあり方を概観すると、冷戦期に特徴的な対立/友好という二項対立的な〈他者〉像から、ポスト冷戦期における同一の生活圏に身を置き葛藤を抱えながら共に生きる〈他者〉像へと移行していく図式を見いだすことができる。一方で、この図式には必ずしも収まりきらない三島由紀夫『美しい星』(1962)のような作品もある。同作は冷戦期の作品でありながら、〈宇宙人〉が地球人にまぎれて生活する姿を描いており、ポスト冷戦期に顕著となる隣人としての〈宇宙人〉の特質を先取りしているとも読める。
 本特集では、〈宇宙人〉を通して〈他者〉の描き方の変化を考えるとともに、図式的理解を相対化しながら、連続や断絶、さらには多様な変奏についても考えていきたい。また、〈宇宙人〉というかたちで〈他者〉を表現すること自体の問題性についても考えたい。分断や対立が顕在化する現在において、〈他者〉としての〈宇宙人〉を改めて検討することは、〈他者〉との関係性や問題を再考するための批評的契機となるはずである。

 

【講演者紹介】

稲葉 振一郎(イナバ・シンイチロウ)
明治学院大学社会学部教授。専門は社会哲学。著書に『宇宙倫理学入門』(ナカニシヤ出版、2016)、『銀河帝国は必要か? ロボットと人類の未来』(筑摩書房、2019)、『社会倫理学講義』(有斐閣、2021)、『滅亡するかもしれない人類のための倫理学 長期主義・トランスヒューマン・宇宙進出』(講談社、2025)などがある。

 
【発表要旨】

 
終末への意志と反意志――宇宙人の役割について

千田 洋幸(チダ・ヒロユキ)

 たとえばアニメジャンルに限って各年代の代表的な宇宙人表象をたどってみるなら、ヤマト―マクロス―セーラームーン―ハルヒ―まどマギといった系譜がすぐに想定されるだろう。近年のエンタメ系作品における存在感はいささか稀薄となりつつあるものの、マンガ、アニメ、特撮等の視覚的ジャンルにおいて、宇宙人イメージの蓄積は不断になされてきた。
 こうした歴史も踏まえ、本報告では、宇宙人イメージを積極的に社会的文脈と接続することを試みる。具体的には、敗戦後/東日本大震災後という二つのポスト災厄期の作品――ウルトラマンシリーズや『宇宙戦艦ヤマト』/浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』等――における宇宙人の意味を問題化する。宇宙人たちが地球・人類にもたらす「終末」あるいは「救済」の内実を読み解きながら、アニメや特撮作品のなかで宇宙人が果たした役割について、ひとつの視点を提示してみたい。

 
三島由紀夫と安部公房の宇宙⼈――空⾶ぶ円盤と冷戦期の〈他者〉

鳥羽 耕史(トバ・コウジ)

 三島由紀夫は1956年に日本空飛ぶ円盤研究会に入会して活動した。1961年には「見た!」というテレビドラマを構想し、木村徳三にシノプシスを書き送っている。そして1962年には『美しい星』を連載して刊行する。
 安部公房は1958年、「円盤きたる 膝ゆすりの英雄たち」というテレビドラマのシナリオを発表し、和田勉の演出で翌年、NHKで放映された。この前後から安部の宇宙人への関心は高まり、関連する短編、ラジオドラマ、テレビドラマ、演劇などを発表している。
 磯田光一や奥野健男以来、両者の比較は『美しい星』と『砂の女』(1962年)を中心に行われてきた観がある。しかし、空飛ぶ円盤や宇宙人、テレビドラマへの関心という点からは、また別の比較の可能性がある。演出家候補に市川崑や大島渚の名前も挙げた「見た!」の構想からは、三島がテレビドラマで試みようとしたことが窺えるだろう。両者の比較を通して、冷戦期の〈他者〉および自己像を検討してみたい。