2024(令和6)年度 昭和文学会 春季大会の詳細
※本大会は、対面・オンラインを併用したハイフレックス方式での開催を予定しております。
開催概要、アクセスなどはこちらをご参照ください。
なおコロナの感染拡大など、対面開催が困難になった場合は、オンラインのみの開催となります。
※「ZOOMウェビナー」によるリモート参加には事前登録が必要です。
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※本大会の開催にあたり、障害者差別解消法への対応として、情報保障等の合理的配慮の提供を行います。
詳細についてはこちらからご確認ください。
日時 6月8日(土) 13:00~17:00(予定)
会場 神奈川近代文学館 ホール
https://www.kanabun.or.jp/
共催:県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会
特集 文庫本というメディアをめぐって
【開会の辞】
荻野 アンナ(県立神奈川近代文学館館長・公益財団法人神奈川文学振興会理事長)
【基調講演】
文庫解説という迷宮
斎藤 美奈子(文芸評論家)
司会:富永 真樹
【報告】
一九五〇年前後の文学形式
――文庫本再興期をめぐって――
多田 蔵人(国文学研究資料館)
文庫/文庫本がもたらした若年層向け小説の新展開
――「ライトノベル」の萌芽・誕生・確立――
山中 智省(白百合女子大学)
司会:近藤 史織・松本 拓真
【シンポジウム】
司会:加藤 邦彦・木谷 真紀子
【閉会の辞】
佐藤 秀明(代表幹事)
【総会】
17:00~
※総会の終了後、館外にて懇親会を催す予定です。
【企画趣旨】
日本独自ともいえる文庫本の歴史のはじまりは明治三〇年代に登場した袖珍本とされるが、現在の文庫のかたちを定着させたのは昭和二年創刊の岩波文庫である。その成功を受け、多くの出版社が文庫を創刊した結果、文庫本市場は多様なものとなり、いまでは各出版社が独自色のレーベルを持っている。
文庫本の最大の特色として、コンパクトで持ち運びやすく、廉価で手に取りやすいことが挙げられる。いわゆる「名作」を流布本として人びとに広く届け、時としてその権威づけに貢献し、また文学ジャンルへの「入口」として機能するなど、文学の制度的な支柱として文庫が機能してきたのは、その特色と深く関係しているだろう。一九七〇年代後半にはじまる角川書店を中心とする映画やテレビを通した大量宣伝からなるメディアミックス戦略以降、各出版社の「夏の文庫フェア」や多種多様なメディアと結びついたカバーなどによって、文学は商品としての側面を強くしてきたが、そのなかで文庫の存在感は決定的なものとなっていった。以前はハードカバーなどですでに出版されている書籍を文庫本として再販することが一般的だったが、近年では書き下ろしの文庫も増え、価格の上昇とともにその価値ひいては権威性はますます高まっている。ライトノベルにみられるように、レーベルがジャンルを枠づけてしまう点においても、現在の文学の出版において文庫の果たす意味は決して小さくはない。このような文庫をめぐる出版文化の歴史を対象化することは、文庫が文学の生成、ならびに作品と読者を結び合わせる言説空間の生成に対してどのように寄与し関わり合っているのかを紐解くことに繋がるのではないだろうか。
一方、文庫本に挿入されたイラスト、著者近影などは文学作品の解釈に少なからず影響を与える。そこに付された注釈や解説についても同様である。それらが広く流布することは、読者の解釈=意味生成の場に何らかの支配的な力が加わることを意味している。また、同じ作品が複数のレーベルから出版される機会が多いのも文庫の特色のひとつだが、装幀やレイアウトは文庫ごとに異なり、時には本文が違っていることもある。作品の内容やイメージに関わるこれらの要素について比較検討することは、文庫を長所・短所それぞれの視点から捉え直す可能性を秘めているだろう。
電子書籍が親しまれるようになり、オーディオブックも人気を博している現在、文庫の意味は将来的に変化していくかもしれないが、それらの底本となるのはやはり文庫本がほとんどだ。文庫本というメディアの存在意義や歴史性・特異性を明らかにする研究や、強い影響力を持つがために生み出される文庫の功罪について多角的に検証する研究を願っている。
【講演者紹介】
斎藤 美奈子(さいとう・みなこ)
1956年、新潟市生まれ。文芸評論家。1994年、『妊娠小説』でデビュー。2002年、『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞。他の著書に『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』『挑発する少女小説』『出世と恋愛』など多数。(文芸評論家)
【報告要旨】
一九五〇年前後の文学形式 ――文庫本再興期をめぐって――
多田 蔵人(ただ・くらひと)
明治の「縮刷本」が刊行されてから今日までの間に、いわゆる文庫本の発行点数がいちじるしく少なかった時期がある。終戦から昭和二四年(一九四九)、板紙統制解除までの四年間がそれで、このころ文庫本と単行本は形態のみならず内容の面でも接近していた。戦前ならば文庫本としてあらわれただろう本が単行本で出たこの時代の文学出版は、ふたたび書店に各社の文庫が並びはじめる時期以降の文学形式、たとえば長篇小説の流れに影響を与えたと考えられる。
「戦後文学は一九三〇年代文学のむしかえしだっていう説があるでしょう」(大岡昇平・埴谷雄高「二つの同時代史」一九八二・一~一九八三・一二「世界」、大岡昇平の発言)。「むしかえし」は戦前の作品を新刊で出しなおすという意味の、戦後出版の慣用語でもあった。本発表では「むしかえし」本時代から文庫本再興までの文学の流れを、戦後のあたらしい「文庫」の形を提案して登場した河出書房と角川書店の動向を軸として追いかけてみたい。(国文学研究資料館)
文庫/文庫本がもたらした若年層向け小説の新展開 ――「ライトノベル」の萌芽・誕生・確立――
山中 智省(やまなか・ともみ)
今やマンガ、アニメ、ゲームなどと並び、現代日本の有力な娯楽コンテンツとなっているライトノベル。マンガ・アニメ風のキャラクターイラストをはじめとしたビジュアル要素を伴って出版される若年層向けのエンターテインメント小説として、「面白ければなんでもあり」といわれるほど多彩な作品の数々と、個性豊かな作家たちを世に送り出してきた実績を持つそれは、いかにして登場し、これまで発展を遂げてきたのか――。本報告ではその要因等を、作品の主要な刊行媒体となってきた文庫/文庫本の存在から検討していく。具体的には、一九七〇年代以降に相次いで到来した第三次・第四次文庫ブームの動向に着目し、その渦中で生じた文庫/文庫本の概念と特徴の変容、さらには、秋元文庫(秋元書房)、ソノラマ文庫(朝日ソノラマ)、集英社文庫コバルトシリーズ/コバルト文庫(集英社)を筆頭に、同時代の中・高校生をターゲットに据えた複数の若年層向け文庫レーベルの登場が、「ライトノベル」の萌芽・誕生・確立の展開を生んだ様相に迫りたいと考えている。(白百合女子大学)