2022(令和4)年度 昭和文学会 春季大会の詳細

*本大会は、新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、オンライン開催となりました。詳細については、後日改めてお知らせいたします。
*日時:618日(土)13時〜18 

 

 特集 地平線を越えて──トランスボーダーの日本文学 

 

開会の辞 

石田 仁志(会務委員長) 

【基調講演】 

語圏を跨いで生きること、そして書くこと  

西 成彦 

【研究発表】 

田村俊子の二十五年──中国語雑誌『女声』編集長・左俊芝としての終焉   

山崎 眞紀子 

分離すれども平等? 越境文学と日本文学 

エドワード・マック 

越境的思考の行方──李琴峰と多和田葉子  

榊原 理智 

司会 サウット・キアラ 

【全体討議】 

ディスカッサント 仲井眞 建一 

閉会の辞 

大橋 毅彦(代表幹事)

 

【企画趣旨】  

  近代以降、開国という対外政策の導入・推進や交通機関の技術発展などの諸条件が整うと、日本という地理的に限定された空間にとどまらない、国境を越える人とモノの移動および知的交流が急速に活発化していく。出稼ぎや、もとから帰国を想定しない移民事業によって、南米・北米や日本占領下の地域などに居住する日本人は増加していった。同時に、自主的に来日し、もしくは強制的に来日させられ、日本で生計を立てる外国人も増えていく。〈日本から外国へ〉および〈外国から日本へ〉──近代がもたらした二つのベクトルの移動は二十世紀後半のグローバル化にともなって一層活発となり、今日に至っている。 
 何らかの理由で生まれ故郷を離れ、異国で暮らすようになった人たちのなかには、活字による表現活動を展開するものも少なくない。その際に、第一言語話者によって構成される言語空間の中にとどまるものもあれば、長い海外生活にともなって第一言語を離れ、第二言語として修得した外国語をもって表現活動を行うものもある。出身国を離れるという身体の越境とは別に、第一言語を離れるというもうひとつの、いわば言語の越境がここにある。 
 いわゆる「日本文学」は、長きにわたり言語や国籍などから、日本語で書かれたもの、もしくは日本人によって書かれたものとして捉えられる傾向があった。しかし、近年は文学・文化を自国/他国と二項対立的に種別して考えるのが不可能であることが一般的に受け入れられ、「日本文学」の定義も再検討を迫られている。在日朝鮮人作家への関心は早くからあり、リービ英雄、楊逸、李琴峰といった現代作家の活躍も注目を浴びている。その一方で、日本以外の地域で、あるいは日本語以外の言語で活動した作家は、従来の日本文学研究という枠組みのなかで十分に検討されてきたとは言い難い。それゆえ、本企画では‟日本文学における越境”を双方向的に検討することを試みたい。 
 〈出身国〉を離れ、また〈第一言語〉を離れた作家によって書かれた作品は近年、「越境」や「トランスボーダー」といった用語をもって語られることが多い。これらの作品では身体や言語の越境が一個人の実生活やそのアイデンティティをどのように解体し、またどのように再構築していくかという問題が、繰り返し取り上げられているように思われる。言い換えれば、「境を越える」ことによって、自分は何を喪失し、何を継続し、また何を獲得するか、越境する前の過去の自分と越境した現在の自分の関係を問いつづける、それがこれらの文学作品に通じる問題意識ではないだろうか。 
 本特集では、〈越境〉という営為が日本近代文学において持った意味を、日本文学と世界文学という二つのパースペクティヴを取り入れつつ多角的に分析・考察を行う。そのためにも、従来主に注目されてきた日本・日本語へという方向性とは異なる、日本・日本語以外の地域・言語における活動を取り上げることも重要だろう。この検討は、地理的かつ言語的距離のためこれまで看過されがちであった一側面を新しく照らし出し、日本文学研究の新しい可能性をひらくだろう。 

 

【講演者紹介】  

西 成彦(にし・まさひこ)  

 立命館大学先端総合学術研究科名誉教授。比較文学研究者。ポーランド文学、イディッシュ文学、日本植民地時代のマイノリティ文学、戦後の在日文学、日系移民の文学など、人々の「移動」に伴って生み出された文学を幅広く考察している。主な業績に『声の文学―出来事から人間の言葉へ』(新曜社、二〇二一年)、『外地巡礼―「越境的」日本語文学論』(みすず書房、二〇一八年)、『バイリンガルな夢と憂鬱』(人文書院、二〇一四年)、『ターミナルライフ―終末期の風景』(作品社、二〇一一年)、『世界文学のなかの『舞姫』』(みすず書房、二〇〇九年)、『エクストラテリトリアル―移動文学論Ⅱ』(作品社、二〇〇八年)など。  

 

【講演要旨】  

 両親が同じ言語を話し、コミュニティ住民がそれと同じ言語を話せば、その子どもの「第一言語」は「母語」に等しいと言えるだろう。しかし、両親の「第一言語」が異なったりすると、子どもにとって「第一言語」でさえもがひとつだと言えなくなるし、地域の公用語と家庭の言語が違っていれば、おのずと子どもは多言語使用者になり(手話もそのひとつであるかもしれない)、その後も、新しい言語を身につけるたびに、その言語能力は多層化する。世界のグローバル化は、確実にそうした多言語使用者の数を増やしつづけているのだ。 
 そして、そもそも知識人層が担うことの多かった文学の世界では、作家自体が多言語使用者であることが多かったし、であればこそ執筆言語以外の言葉で書かれた文学から作家が影響を受けることも珍しくなかったし、またそうした多言語使用者が翻訳にたずさわることで、「世界文学」という市場が成立したともいえる。 
 そんななか、気をつけたいのは、多言語使用エリートの体験が、すべての多言語使用者の体験をカバーできるわけではないということと、多言語使用者の生を描こうとしたときに、文学という制度は、一言語使用という規範からかならずしも自由ではないということの二点である。 
 『外地巡礼―「越境的」日本語文学論』(みすず書房、二〇一八)のなかで、私は「外地の日本語文学」を「日本語使用者が非日本語との不断の接触・隣接関係を生きるなかから成立する文学」と定義したが、その後、日本語話者でもあるものが、かならずしも日本語を「第一言語」とするわけではないばかりか、かならずしも「日本語で書く」わけではないことにも目を向けなければならないと考えるようになった。 
 本発表では、日本語を「第一言語」とはしなかった、中文作家・陳千武、日本語作家・リービ英雄、英語作家・ポール・ユーンの三人を取り上げて、「語圏を跨いで生きる人々の生」を文学が描くことの意味について考えたい。 

 

【研究発表要旨】  

田村俊子の二十五年 ──中国語雑誌『女声』編集長・左俊芝としての終焉  

山崎 眞紀子(やまさき・まきこ) 

 一九四五年四月、田村俊子は六〇年の生涯を上海で閉じた。北米や合衆国で十八年間、そして日中戦時下の七年間を中国で、つまり二十五年間を出身国から離れて暮らしたことになる。日本を去ったのは作家活動の円熟期であった三十五歳の時であり、彼女が果たして日本語以外で〈作品〉を書くことができたのかといえば、不可能だったと思われる。管見において、そのような資料も見つかっていない。 
 本発表では、田村俊子の晩年に中国名・左俊芝として編集長の座にあった中国語雑誌『女声』(一九四二年五月―一九四五年五月)を主軸に置く。彼女が人生を閉じる直前まで心血を注ぎ続けた月刊誌『女声』三十六冊を通して、彼女が目指した表現活動の一端を考察していく。本研究はまだ途上にあるが、田村俊子が出身国を離れて、第一言語ではない言語を用いた雑誌で行った「編集長」としての活動の一端を探っていきたい。  

 

分離すれども平等? 越境文学と日本文学  

エドワード・マック(えどわーど・まっく)  

 この報告では、「文学」にとって「越境」とは何かについて、改めて考えることを目指す。二〇二二年一月に刊行した拙著Acquired Alterity: Migration, Identity, and Literary Nationalism(後天的な他者性:移住、アイデンティティ、文学に関するナショナリズム)では、第二次世界大戦前にブラジルで行われた日本語の文学活動をテーマとした。そこでは、細川周平氏の『日系ブラジル移民文学』(全二巻。みすず書房、二〇一二―二〇一三年)の達成を踏まえて、ブラジルにおける日本語の書物流通網、新聞小説、創作の中で描かれた「同胞」の姿、そこで使用された語彙について検討した。今回の報告では、大会のテーマに関係する作品をまとめる際に用いられるカテゴリーを検討する。ブラジルでの日系移民文学の歴史をたどってみれば、同時代のブラジルで用いられていた用語(例えば「植民地文芸」など)や、アメリカや日本の文学研究で使われている用語(「Japanese literature」「国文学」「日本語文学」「越境文学」)や、または細川氏が使った「日系ブラジル移民文学」など、色々ある。そういうカテゴリーの妥当性と諸問題を考えてみたい。 

 

越境的思考の行方 ──李琴峰と多和田葉子  

榊原 理智(さかきばら・りち)  

 ある小説家が母語以外の言語で小説を書いていることを問題にするとき、私たちはいったい何を問題にしようとしているのだろうか。それはある特殊な経験なのだろうか。小説家が「母語以外」で書くことは、彼女/彼が「母語」となにか特別な関係を結ぶことになるのだろうか。そういう関係があるのだと仮定して、その「特別な関係」は、生産される小説テクストに一目でわかる刻印を押し、私たちの読む行為を決定的に変容させるのだろうか。本発表では、常に母語との関係が存在することを前提として議論されがちな二人の作家、多和田葉子と李琴峰を取り上げる。多和田には「母語」という言葉を小説内で多用して主題化した作品群があり、李には言語の学習過程を克明に描きこむことで暗黙裡に母語との対比を描く作品群がある。母語めぐる問題系は、帰属とアイデンティティに関する多くの問いをパフォーマティブに作りだす。多和田と李の小説のなかで「母語」がどのように表象されるのか、それによって読者のなかにどのように文化的差異を作り出していくのか、そしてこうした作品群が最終的になにを遂行するのかを論じたい。  

 

【発表者紹介】

山崎眞紀子(やまさき・まきこ) 

 日本大学教授、日本文学研究者。田村俊子を中心に近現代の女性作家による文学活動を主な研究対象とする。村上春樹が描く女性登場人物の表象分析にも取り組んでいる。主な著書に『田村俊子の世界―作品と言説空間の変容』(彩流社、二〇〇五年)、『村上春樹と女性、北海道…。』(彩流社、二〇一三年)、『女性記者・竹中繁のつないだ近代中国と日本』(共著、研文出版、二〇一八年)など。 

 

エドワード・マック(えどわーど・まっく) 

 ワシントン大学准教授。日本語文学研究者。資本主義と近代文学、日系ディアスポラの文芸活動など、「日本文学」の概念と日本語圏における文芸価値観の研究を行う。主な業績に、『Acquired Alterity: Migration, Identity, and Literary Nationalism』(University of California Press、二〇二二年)、『Manufacturing Modern Japanese Literature: Publishing, Prizes, and the Ascription of Literary Value』(Duke University Press、二〇一〇年)、「日本文学の「果て」:サンパウロの遠藤書店」(『立命館言語文化研究』二〇〇八年)など。 

 

榊原理智(さかきばら・りち) 

 早稲田大学国際学術院国際教養学部教授。戦後の日本文学における英訳をはじめ、翻訳を主題として研究を行う。論文に「多和田葉子『地球にちりばめられて』論 : 「母語の外」とはどこなのか」(『日本文学』、二〇一九年)、「言語間翻訳をめぐる言説編成──「たけくらべ」”Growing Up””Child’s Play”を視座として」(『日本近代文学』、二〇〇一年)などがある。また、「政治と文学」論争等の占領期の文芸批評の英訳プロジェクトに取り組み、その成果は『The Politics and Literature Debate in Postwar Japanese Criticism 1945-52』(共編著、Lexington Books、二〇一七年)、『Literature among the Ruins, 1945-1955』(共編著、Lexington Books、二〇一八年)として刊行されている。