【報告】昭和文学会2008年度秋季大会

  • 日時 2008年11月15日(土) 午後1時30分より
  • 会場 昭和女子大学 80年館六階オーロラホール 特集「女性・表象―一九四〇年代」
  • 開会の辞昭和女子大学 猪熊 雄治
  • 研究発表(司会 掛野 剛史・藤木 直実)横光利一文学の女性表象―「盛装」「春園」から「旅愁」まで石田 仁志

    「国家」と「ジェンダー」― 武田泰淳の一九四〇年代

    榊原 理智

    一九四〇年代・戦中期の女性テクストにおける〝戦争協力〟をめぐって

    根岸 泰子

  • 講演「林芙美子の真実」太田 治子
  • 閉会の辞代表幹事 傳馬 義澄
  • 懇親会 ※ 総会終了後、懇親会(会場は学内を予定)を予定しておりますので、皆様ふるってご参加下さい。懇親会の予約は不要、当日受付にてお申込下さい。

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発表要旨

横光利一文学の女性表象―「盛装」「春園」から「旅愁」まで

石田 仁志

 一九三〇年代後半から四〇年代初頭にかけて、横光利一は、「盛装」(『婦人公論』)「春園」(『主婦之友』)「実いまだ熟せず」(『新女苑』)「鶏園」(『婦人公論』)といった長編小説を女性雑誌に継続的に発表している。これらの作品で描かれるのは女性を主人公とした〈結婚〉をめぐる葛藤の物語であるが、その〈結婚〉の多くは成立せずに終わる。そうした〈結婚不成立小説〉とも言える作品群は、ピュグマリオニズム的側面やシスターフッド的な情緒、あるいは女性の成長小説的な要素など、ジェンダーやセクシュアリティとかかわる部分を多く内包している。また、戦争を背景としたナショナリズムや文化対立の言説との絡み合いもある。本発表では、そうした作品群の中から見えてくる女性表象の振幅のあり方を分析し、女性雑誌という〈場〉の問題や戦争という歴史的コンテクストとの接点の中で浮かび上がってくる意味性を論ずる。そしてそれらが、どう「旅愁」へと接合されていったのかを考えたい。(東洋大学)

「国家」と「ジェンダー」― 武田泰淳の一九四〇年代

榊原 理智

 武田泰淳の小説を「国家」や「民族」といった視点から読むことは比較的容易である。大日本帝国期に中国文学とのっぴきならない関係を結び、戦時中に兵士としてかの地に赴き、国際都市上海で敗戦を迎え、新生中国と新たな関係性を模索した作家ならば、今の我々の「国家」の概念を批評的に検討させる何かがあるのではないかと期待するのは当然であろう。しかし、その期待をもって泰淳の小説を読む者は、国家的共同性の問題が頻繁に〈女〉という表象を伴って現れることに気づく。考えてみれば、修辞の世界において「国家」表象は「女」表象に近しい。征服したりされたり支配したりされたり欲望されたり恐怖されたり、という語彙に付きまとわれるからである。さらに小説世界は現実生活の比喩であるがゆえに、ジェンダリングという切り分けを「普遍」や「抽象」の名のもとに都合良く無視することができない。そしてその切り分けの仕方そのものに思想が発現する。本発表では、一九五一年の「女の国籍」を一つの核として泰淳の四〇年代の小説を配置し、それらのテクストにおけるジェンダリングと国家的共同性の修辞的構成との関わりを考えたい。(早稲田大学)

一九四〇年代・戦中期の女性テクストにおける〝戦争協力〟をめぐって

根岸 泰子

太宰治にとって昭和一七年は、短編「待つ」のタイトルの時局に鑑みての変更(自粛)依頼(3月)、「花火」の削除処分(10月)(両作品とも当初の掲載予定メディアでは掲載見合わせ)等、みずからの文学と時局とが鋭く角逐した年だった。ところで前者の直接の原因が、「出征兵士見送りに〝待つ〟の語はタブー」という当時の風潮を織り込んだ真杉静枝の長編『妻』にあったことはつとに指摘されている。だが真杉の側から見たとき、はたしてそのテクストはこのエピソードから想像されるようなストレートな国策協力を意図したものだったのだろうか。発表ではこのような問題意識のもとに、昭和一七~一八年にかけての時期に焦点をあて、過酷な言論統制下であったことに留意しつつ、女性文学の「戦争協力」の実相を、①戦時下イデオロギーへのスタンス(付、同時期の雑誌メディアにみられる超国家主義的言説へのスタンス) ②兵(男性の戦争参加)へのスタンス ③ジェンダー面での国策協力へのスタンスなどの局面から再検証してみたい。具体的には、真杉静枝の日中戦争をモチーフとした短編群、同時期の女性作家たちの作品集および国民大衆雑誌「日の出」に拠った堤千代、補助線としての『日本の母』(日本文學報國會編、昭18)等のテクストの中からいくつかを取り上げる予定である。(岐阜大学)

講演者紹介
太田治子(おおた・はるこ)

一九四七年一一月神奈川県生まれ。父は太宰治、母は太田静子。明治学院大学文学部卒業。一九八六年、『心映えの記』で第一回坪田譲治文学賞を受賞。NHK『日曜美術館』初代アシスタントを三年間務める。現在、NHK『ラジオ深夜便』の「私のおすすめ美術館」に出演中。二〇〇七年にはNHKカルチャーアワー文学の世界『明治・大正・昭和のベストセラー』を担当。主な著書に『絵の中の人生』(新潮社)『恋する手』(講談社)『小さな神様』(朝日新聞社)などがある。また、最新刊に『石の花 林芙美子の真実』(筑摩書房)がある。