2021(令和3)年度 昭和文学会 第69回研究集会のお知らせ

*本研究集会は新型コロナウィルス感染症拡大の影響により、オンライン開催となりました。こちらをご参照ください。

日時 12月11日(土) 14時〜17時10分

開会の辞

石田 仁志(会務委員長)

【研究発表】
岩藤雪夫の挑戦――「人を喰つた機関車」と「赤い灯」を中心に――

レッキー・リチャード・ウィリアム

太宰治の中期から後期への創作姿勢の転換について――「惜別」を中心に――

勾 健龍

三島由紀夫『沈める滝』における「効用」

高沼 利樹

司会 吉田 夏美

閉会の辞

大橋 毅彦(代表幹事)

【発表要旨】
岩藤雪夫の挑戦――「人を喰つた機関車」と「赤い灯」を中心に――

レッキー・リチャード・ウィリアム(れっきー・りちゃーど・うぃりあむ)

 大正期にプロレタリア文学、モダニズム文学、大衆文学といった三種の新興文学が勃興したことは周知の事実である。文学史では明確に区分されがちなこの三者は、同時代には渾沌と入り混じり、安易な分類を拒む作品を多く生み出した。この状況を理解する手掛かりとして、岩藤雪夫の小説を考察したい。具体的には、蔵原惟人が「太陽のない街」よりも「レアル」で「本格的」と絶賛した(「注目される四作品」、『東京朝日新聞』昭和四年十二月十四日)「賃金奴隷宣言」(『文芸戦線』同年九~十二月)等の岩藤のプロレタリア小説。横光利一がその「稀に見る優れた芸術的才能」と「末梢神経」を賞賛した(「文芸時評」、『讀賣新聞』同年三月十四日)、新感覚派的手法の「赤い灯」(『創作月刊』同年一月)。江戸川乱歩が「怪奇犯罪文学として優れた作」と評価した(「日本の探偵小説」、『日本探偵小説傑作集』春秋社、昭和十年)探偵小説の「人を喰つた機関車」(『新青年』昭和六年十月)。これらを通じて、厳格な思想の持ち主でありながら、柔軟な文学性で様々な表現技法に挑戦した岩藤の歩みを振り返る。(大阪大学大学院)

太宰治の中期から後期への創作姿勢の転換について――「惜別」を中心に――

勾 健龍(こう・けんりゅう)

 太宰治の作家人生を前・中・後期に分ける奥野健男による説が太宰治研究での通例である。それぞれの創作時期において、相当に異なる創作の特徴がある。太宰治の創作前期から中期への創作姿勢の転換を示す作品は「燈籠」と認められているが、中期から後期への転換を示す作品は、まだ不明確とされている。本発表は、中期後半の時点に創作されて、仙台留学の学生時代の魯迅の経歴に基づいた伝記小説「惜別」を研究対象として、この作品における「自我回避」「家庭幸福欠如」「罪の意識」などの太宰治文学における前期と後期において典型的な創作特徴と重なる部分を分析して、この作品の創作が太宰治の創作中期から後期への転換を示すことを論点とする形で行う。竹内好以降「惜別」を失敗作と見られがちである「惜別」の太宰治文学における創作意義の再考を試みたいと考えている。(筑波大学大学院)

三島由紀夫『沈める滝』における「効用」

高沼 利樹(たかぬま・まさき)

 三島由紀夫の『沈める滝』(一九五五)は、その知名度に比して本格的に論じられることの少なかった作品である。主立った読解としては、本作の内部に有機物対無機物、あるいは人間対物などの対立構造を見出して分析の軸とするものが多かった。
 本発表では、主人公と「Heroの対立人物」(「創作ノート」)との討論で論題となる「効用」の概念に注目し、「有効」と「無効」の対立構造がとりわけ「技術者」としての主人公の性質に食い込む形で駆動していることを明らかにする。M・ハイデガーの技術論にも似た作中の「効用」の概念は、本作と同年に発表された「小説家の休暇」で分量を割かれて論じられるものと類似しており、また本作最終回と同月に発表された小説『山の魂』でも共通して描かれるものである。当時の三島の創作態度における「効用」概念の位置を確認しつつ、作中人物たちの立場とそれぞれの影響関係を改めて整理することで本作の読解の可能性について検討したい。(立教大学大学院)